遠野交通のおもてなしの心

 柳田国男の名著「遠野物語」で知られる遠野市ですが、近年の「民話の里」を演出するハード面の充実ぶりに比べて、ソフト面が軽視されているのではないか。つまり「田舎」の人情を求めて来るお客様への「もてなしの心」が薄れつつあるような気がして心配です。

 私どもは、この地でタクシー業を営んでいます。今でこそ観光地として有名になりましたが、私どもが観光タクシーを始めた77年ごろの人気のスポットと言えば、いずれも市街地から遠く離れていました。

 雑草をかき分けて行くと、いかにもそれらしい雰囲気のカッパ渕があり、声をかけると傍らに住むカッパじいさんこと阿部与一さんが「は−い」と言って出てきて、面白い話で観光客を喜ばしていました。山口集落に入り北川家へ行くと、みゆきおばあさんが家神様のオシラサマを出してくれて、いろいろ話をしてくれました。

 日本中の町や村が近代化のバスに乗り遅れまいと都市化に邁進していた中で、遠野盆地だけは、ゆっくりのんびりと時は流れているようでした。

 それから伝承園や水光園が建ち、ふるさと村が造られ、道の駅もホテルも建ちました。今は与一おじいさんが高齢でカッパ渕に立つこともなくなり、2代目がこの夏デビューしました。みゆきおばあさんは亡くなり、今では北川家を訪ねる人はありません。

 遠野の観光は、ただ見て楽しむ観光ではなく人とふれあい、日本人の原風景を感じて頂く観光です。日本近代化とともに消えた「昔はどこの町や村にもあった自然や神仏への信仰のあかし」そして今も優れた語り部のいる里として、人気の観光地としてますます注目される町となりました。

 それだけに、90年以上も前にとおのを訪れた柳田國男が印象深いと感じた風景が、このハイテク時代にもまだ存在していることを神様からの贈り物とありがたく頂き、貴重な観光資源として生かしていく努力は、今、とおのにすんでいる私たちの役目だと思います。

 私どもは25年も前から遠野生まれ遠野育ちのタクシードライバーによる観光タクシーを売り物にしています。タクシーは、バスなどと違い、お客様のお求めに応じて時間や場所が指定出来、いわば、かゆいところが手に届く乗り物です。東京都23区の広さに見所が点在している遠野では、方言交じりのドライバーのガイドが一番似合っている。

 私どもは、今でも、そう確信し、これからもささやかな努力を積み重ねていきたい、と考えています。

遠野交通 常務取締役  前川 敬子(朝日新聞 岩手論壇:平成14年9月28日)

観光タクシーは遠野交通
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